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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)154号 判決

原告 コンチネンタル・オイル・コンパニー

被告 グレート・レークス・カーボン・コーポレーション

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は、「特許庁が昭和三十八年審判第三六二九号事件について昭和三十九年六月十五日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二原告請求原因

一  原告は昭和三十八年九月九日、被告の有する特許第二四五三三八号についてその無効審判を請求した。

右審判事件において、昭和三十九年六月十三日付の結審通知書は同月十九日原告代理人あてに発送されたが、右発送前の同月十五日付で審決がされ、その謄本は同月二十九日原告代理人あてに発送され、翌七月十一日送達された。

なお、右審決書の末尾には「請求人のため出訴期間として三か月を付加する。」旨の記載がある。

二  被告の本件特許は昭和三十三年九月十一日登録されたものであり、原告が無効審判を請求した日は、本件特許に対する無効審判請求の法定除斥期間満了の二日前であつた。

そして、その無効とすべき事由として、本件特許の明細書に記載されている発明は、その出願前に公知の技術から当業技術者が容易に考えおよぶものであり、しかもその明細書の説明内容には矛盾を蔵していると主張したのである。

しかし、当時、原告はこの無効理由を証拠づける物件を完全には揃えていなかつたけれども、すでに無効審判請求書のうちにも記載した通り、本件特許と同内容の米国特許第二、七七五、五四九号がすでに米国において無効とする旨の判決があつた折でもあり、適切な証拠物件を探索し得るものと確信して無効審判を請求したのである。

なお、本件特許発明は、その明細書の特許請求範囲に記載されているように、針状構造の石油コークスを製造する方法に関するものであつて、その発明構成要件を大別すると、前段の原料についての条件と、後段のコークス化プロセスの条件に分けられるところ、前段の原料に関する条件についての出願前公知の文献は多数存在しているが、後段の条件とくに針状構造をした製品に関する文献を見出し得なかつたので、全部の証拠が揃うまで部分的に提出しても無意味であると考え、これらの証拠の提出を保留していたのである。

その後六カ月を経過しても、なお、本件特許発明のうち針状構造に関する公知文献を見出し得なかつたため、昭和三十九年三月十四日付で審判長に上申書を提出し、種々資料を整備中であるから、証拠提出を待つていただくようお願いした。

三  その後被告から昭和三十九年四月二十八日付の答弁書が提出され、右副本は同年五月十五日特許庁から原告代理人にあて発送され、同月十八日送達された。

しかし、原告は、すでに上申書を提出してあり、また特許権者も米国法人であるし、さらに、本件特許は旧特許法のもとで成立した特許でもあり、旧法特許事件の処理に関する従来の慣行から考え、答弁書に対応する弁駁書および証拠の提出は、少なくとも答弁書発送の日から三か月、すなわち昭和三十九年八月中旬ごろまでは許容されるものと考えていた。

四  しかるに、特許庁審判部の記録によると、その後間もなく、書面審理通知が昭和三十九年五月二十二日付で原告代理人あて発送され、ついで、前記の通り、同年六月十九日に結審通知が発送される以前の日である同月十五日付の審決書がすでに作成されていたのである。

そして、本件審決の理由とするところは、「請求人(原告)は本件特許発明が旧特許法第四条第二号に該当し、同法第一条の特許要件を具備しないものであることを主張するのみで、その主張事実を立証する証拠を何も示していない。したがつて、請求人の主張する理由によつて本件特許を無効とすることはできない。」というのである。

しかし、原告が結審通知を受領すれば直ちに審理再開申立の手続を取つたはずであるのに、審決はすでに結審通知発送前にされているので、審理再開申立の機会は完全に封じられていたのである。本件のように一審限りで、しかも除斥期間経過後においてこのような処分をされたことは不服の至りである。

のみならず、現行特許法第百五十六条第一項および第二項は旧特許法第百五条第三項および第四項とその内容を同じくしているが、現行法前同条第三項は旧法前同条第五項とその内容を異にしている。すなわち、旧法では「審決は審理の終結の通知を発した日から二十日以内にこれをしなければならない。」旨のみの記載であるのに対し、新法ではこれにさらに、「ただし、事件が複雑であるとき、その他やむを得ない理由があるときはこの限りでない。」旨が追記されている。

この新旧の変化には法の精神上意味があると解さなければならない。すなわち、旧法においては、大審院判例の示すように、審判官に対する訓示規定と解されるとしても、現行法においてはこの但書が付け加えられたことによつて、単なる訓示規定ではなく、完全な強制規定とまではいかなくとも、強制規定に近づけられたものと解さざるを得ない。ことに現行法においては抗告審判が廃止され、一審制となつたのであり、特許権を無効にするか否かというような重大な事件においては民主主義の精神からいつても格別の慎重を期すべきであつて、審理終結を当事者に確実に伝達して、しかるのちに審決を行なうべきである。

ことに、いわゆる旧法特許でその無効審判が審理不尽のうちに終結され、除斥期間の法的規定によりもはや何人の手によつても無効審判を請求することが不可能になるような事件(本件がこれに該当する。)については格別に慎重な、すなわち現行特許法第一五六条の規定の通りに処分されるべきである。しかも同条第二項によつて当事者に審理再開の申立が認められている以上審理終結の通知を発したのち、たとえ一日でもその機会を与えるのが常道であるといわなければならない。

さらに、本件審決書のうちには、原告のために三か月の出訴期間を付加する旨の記載があるが、その趣旨とするところは、審決に際し、原告が出訴することを予想し、無効審判についての証拠物件を有するならば、出訴によつて事件を特許庁に戻し、審理を再開すべき旨を意味するものと解される。

なお、本件訴訟においては、本件特許が無効かどうかの点について事実審理を求めるわけではないが、すでに提出すべく準備している証拠物件について触れるならば、本件特許発明構成要件の前段部分に関しては、前記本件特許と同一内容の米国特許の無効訴訟の判決にも引用されている、米国特許第二、一九七、〇〇九号、同第二、二八一、三三八号および同第二、三二五、二三三号があり、そのほか十数件の米国特許ならびに多数の古くからの雑誌記事があり、また、後段部分に関しては米国原子力委員会の研究報告書NYO六一〇三号(日本国会図書館受入れ昭和三十年五月二十一日)がある。ただし、後者についてはすでにその存在は承知していたが、国内に文献として受入れられた事実について探索中、審決ののちになつて、ようやくこれを見出したものである。

第三被告の答弁その他の主張

一  原告請求原因第一項の事実は争わないが、原告の法律上の主張は争う。

二  原告は特許法第百五十六条の規定を強行規定と解するが、右規定は訓示規定にすぎないから、本件の審判事件における特許庁の処分は適法である。

右のように、本条を訓示規定と解することは、大審院の判例によつて確立された解釈である。

三  しかも、本件特許の無効審判事件において、原告は昭和三十八年九月九日審判請求をし、被告はこれに対し、昭和三十九年四月二十八日付「請求人の主張には証拠の裏付がない。」旨の答弁書を提出した。そして特許庁審判長は昭和三十九年六月十三日付審理終結通知書を発行した。このように、本件においては、審判請求から審理終結通知まで十カ月の経過が存することからみて、原告が証拠および理由を補充する期間は請求人が外国人たることを考慮しても十分余りあるものと考えられるのでその間に何の補充もされなかつた以上、審判官が当事者双方の主張が出つくし、審決をすべき機が熟したものと認定したのは当然の措置である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  原告請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実ならびにその成立に争いのない甲第一号証および同第三、四、五号証の各記載を総合すると、本件審決がなされるまでの経過は次の通りであることが認められる。

(一)  被告の有する特許第二四五、三三八号は昭和三十三年九月十一日に登録されたものであること、

(二)  原告はこれに対し法定の無効審判請求の除斥期間満了二日前の昭和三十八年九月九日その無効審判を請求したが、その無効事由とするところは、本件特許はその出願前国内に公にされた文献によつて新規性なく、旧特許法第一条に該当しないというのであり、その審判請求書のうちには、本件特許と同一内容の米国特許第二、七七五、五四九号はすでに昭和三十九年六月二十日ルイジアナ西部地区地方裁判所の判決によつてその特許の主要クレームがすべて出願前公知公用の理由で無効であるとの判決があつた旨の記載があり、添付書類として右米国特許の明細書が提出されていること、

しかし、右審判請求書には無効事由となりうる国内文献を挙げていないが、これらは追つて補充する旨を付記していること、

(三)  原告は無効審判請求ののち約六ケ月を経過したのちである昭和三十九年三月十四日上申書(甲第五号証)を提出して、米国との連絡打合せに時間がかかり、資料整備が遅れていることを上申し、猶予方申し出でたこと、

(四)  その後間もなく被告から答弁書が昭和三十九年四月二十八日付で提出され、その副本は原告代理人にもそのころ送達されたこと(原告主張によれば、副本の発送は五月十五日であり、その送達は同月十八日であるという。)、

(五)  ついで(原告主張によれば、昭和三十九年五月二十二日付で書面審理の通知が原告代理人にあて発送され)、昭和三十九年六月十三日付の結審通知が同月十九日原告代理人にあて特許庁から発送され、その発送以前の日である同月十五日付の審決書の謄本が同月二十九日特許庁から原告代理人にあて発送され翌七月十一日送達されたこと、

その審決の理由とするところは、請求人である原告が、本件特許が旧特許法第一条の特許要件を具備しないと主張するのみでその証拠を提出しないというにあり、その審決書においては追書として、原告のため出訴期間を三か月を付加する旨が記載されているから、原告に与えられた出訴期間は合計三か月と三十日となつたこと、

二  以上の事実関係からすれば本件特許庁の審決は審理終結の通知が発送される以前にせられていることは明らかである。

そこで、この点に関する特許法の規定についてみるに、同法第百五十六条第一項においては、審理終結の通知をすべきこと、同第二項においては、その通知後でも当事者の申立その他による審理再開のできること、同第三項においては、右の通知を発した日から二十日以内に審決をすべきことがそれぞれ規定されているから、右の各項にもつとも忠実なあり方としては、審理終結の通知を発したのち、審理再開の機会を与えるための期間を置いたのちしかも二十日以内に審決をすべきことが要請されているということができる。

しかし右のような在りかたを特許庁に要請することは、場合によつては特許庁に不能を強いることとなるので、同条第三項は更に但し書を設けて「事件が複雑であるとき、その他やむを得ない理由があるときは」前記の二十日の期間経過後に審決をしてもよいものと規定しており、右第三項にいう二十日以内に審決をしなければならないとの規定が訓示規定であることは右条文の趣旨からして明らかである。そしてまた第二項の再開の規定はその規定の趣旨からして再開すると否とは特許庁の自由裁量に委ねたものと見なければならない。そこで問題は第一項の規定である。

まずこの第一項の規定にいう審理終結の通知が必らずせられなければならないものであるかどうか、これをしなければ審決を取消すべき違法があるものと解すべきか否か、すなわち右規定をもつて強行規定と解すべきか訓示規定と解すべきかが問題であり、次にまたこの第一項との関連において、第三項によつてする審決は第一項の審理終結の通知発送前にすることは許されないかどうかである。

思うに右第一項が特許の審判事件において、特許庁に、審理終結の通知をなすべきことを命じているのは、その主たる立法趣旨は、特許の審判事件が、民事訴訟のような必要的口頭弁論を前提とするものではなく、書面審理による場合の多いことから、右第一項のような規定を設けて審理終結の通知をさせるのでなければ、当事者その他の事件関係者に、特許庁が事件が既に審決をするに熟したものと考えているかどうかを分らせることができず、不意打ち審決の弊を防がんとするにあるものと解するのが相当であろう。従つて特許庁が審決するに当つては右趣旨からして、できるだけ不意打ち審決の挙に出ることを避けるべきであることは当然であり、またその望ましいことはいうをまたない。

しかしまた他方においてこれを考えてみるのに、右第三項の規定によれば「審決は、第一項の規定による通知を発した日から二十日以内にしなければならない」ものとせられており、この規定の文辞自体からすれば、審理終結通知を発しさえすれば、その到達前にも審決をして差支えないものとも読めないではなく、また審判を請求する者は、大体においてその準備を整えた上でその請求をするのが一般であり、またそうすべきものであるから、右第百五十六条の第一項ないし第三項の全体を通じての趣旨は、寧ろその重点は審決の促進を計るにあつて、その促進を計りつつ、なおできるだけ前記の不意打ち審決の弊を避けしめんとして、特許庁のその適当な運用を期待した訓示的規定であると解するのが相当であろう。審理終結通知によつて当事者等が再開申立の機会を持つといつても、再開するか否かが特許庁の自由裁量と解すべきこと前記のとおりであるから、このことの故に右の解釈を左右しなければならないものとは考えられない。

従つて特許法百五十六条第一、第三項は訓示規定であり、右第一項の規定による審理終結通知の発送前にした審決は、決して妥当な措置であるとはこれを認めることはできないのではあるが、これを違法として取消すべきほどの瑕疵があるものとはこれを解することはできない。

三  原告は、本件が旧法による特許の無効審判事件であること、その無効審判請求の除斥期間満了の二日前にせられた請求であること、新法においては審判が一審制とせられていること、前もつて特許庁に猶予方申しでてあること等の事情を訴え、本件においては、前記のように審理終結通知の発送前にせられた審決を取消し、特許庁に差戻すべきである趣旨の主張をするのであり、事情において同情すべきもののあることは十分これを了し得るところではあるが、特許法上の解釈として前記のような解釈を相当とする以上、右事情の故に前記の結論を左右することはできず、原告の右主張はこれを排斥するの外はない。

なお原告は、現行特許法第百五十六条第三項には但し書が加えられ、その点において旧特許法第百五条第五項との間に差があり、この差は右現行法の規定が強制規定に近づけられたものであると主張する。しかし、右但し書の加入は寧ろ前記現行法の規定の第三項が訓示規定であることをよりよく示したものと解すべきであり、右原告の主張は失当である。

また原告は、本件審決においては審決書において出訴の附加期間が職権で付せられていることを捉えて、審決自身、事件が特許庁に差戻され審理再開のあるべきことを予想してせられたものであるかの主張をする。しかし、本件のような外国人を当事者とする事件の審決にあつては、出訴の附加期間が職権で付せられることは一般であり、これにそのこと自体の意味以外に特別の意味があるものと解し難いことはいうをまたない。

四  以上の通りであるから、本件審決には原告主張のような違法はなく、その取消を求める原告の請求はこれを失当とするの外はない。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下朝一 古原勇雄 田倉整)

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